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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7457号 判決

被告 埼玉銀行

理由

一  原告の請求原因については当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の相殺の抗弁につき考えるに、《証拠》を総合すると、被告銀行は昭和四二年頃から訴外京立製作所と乙第一号証の銀行取引約定書にもとづき手形貸付、手形割引等の取引を継続的になしていたところ、同訴外会社が昭和四三年六月一〇日不渡手形を出して翌一一日取引停止処分を受けたので、被告銀行は右約定書の相殺条項に基づき訴外会社が不渡処分回避のため預託した本件金三五万円の返還請求権と同銀行が訴外会社に有する同年三月三〇日貸付金一〇〇万円弁済期同年四月二三日の残金八三五、七八四円とその対等額で相殺する旨の意思表示を京立製作所に対しては昭和四三年六月一四日送達の、原告に対しては同月一三日送達の各内容証明郵便をもつてなしたことが認められ、他に同認定に反する証拠はない。

しかして、前記争いのない事実によると、原告は本件預託金返還請求権を差押え、転付を受け、該命令は昭和四三年六月一〇日第三債務者たる被告に送達されているから、これは被告が前記相殺の意思表示をなす以前であること明らかである。

かような場合、相殺の効力を認むべきか否かは、民法第四六八条、第五〇五条、第五一一条等の規定の趣旨を総合斟〃して合理的に解するより他はないが、結局反対債権が差押、転付の当時未だ弁済期に達しない場合にも、被差押債権である受働債権の弁済期より先に反対債権の弁済期が到来するときは相殺をもつて差押、転付債権者に対抗できるものと解するのが相当である(最高裁大法廷昭和三九年一二月二三日判決参照)ところ、被告の訴外京立製作所に対する貸付金等債権は同会社との銀行取引約定書(乙第一号証)第五条ないし第七条により他より差押を受け、あるいは手形交換所の取引停止処分を受けるなどの事態が生じた場合には訴外会社は期限の利益を失い、同会社の諸預け金、その他の債権といつでも相殺できる旨の約定がなされ、これに従つて、被告銀行は前記のとおり昭和四三年四月二三日既に弁済期の到来していた訴外会社に対する前記貸付金債権と同会社の本件預託金返還請求権を対等額で相殺する旨、原告には同年六月一三日、訴外会社には同月一四日それぞれ意思表示をしており、他方本件の如き不渡処分回避のためになされるいわゆる手形不渡届に対する異議申立提供金としての預託金は、預託者たる訴外会社においてその返還請求をなすとか、また別口の手形不渡処分を受けたるときなどにその返還を受けることができるが、その弁済期は預託を受けた被告銀行において手形交換所からこれが返還を受けたときに到来するものと解される。ところが、《証拠》によれば、被告銀行は訴外会社が銀行取引処分を受けた昭和四三年六月一一日当時まで訴外会社より右預託金の返還請求を受けた事実はないことが窺われる。

そうすると、前記趣旨に従い、被告銀行のなした本件相殺の意思表示の時点において、同銀行の訴外会社に対する貸付金等の自働債権は弁済期が到来しているのに、受働債権たる預託金返還請求権はまだ弁済期が到来していないのであるからこれらが相殺の効力をもつて、差押、転付債権者である原告に対しても対抗しうるものといわなければならない。

三  従つて、原告の取得した転付命令は結果的には右相殺によつて、被転付債権が消滅し、その対象が存在しなかつたことに帰し、被告に対しこれが支払を求める原告の本訴請求は理由がなく失当。

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